バビルサですが...... このワヤン・クリッの上顎の牙は皮膚を突き破ることなく、直接、口腔から生えているように見えます. 牙の生え方の点では、残念ながら、バビルサでもなさそうです
 古都ジョクジャカルタの王宮Kratonには、附属の博物館があります. 展示品のなかに、バビルサの面影があるワヤン・クリッ(wayang kulit)を見つけました. その上顎には上向きに伸びた長い牙(犬歯)があります! このワヤン・クリッのモデルは、バビルサでしょうか?
 イノシシ科の動物のなかで、上顎の牙がこれほどまでに上向きに伸びるのは、イボイノシシ(Phacochoerus aethiopicus )とバビルサくらいです. イボイノシシの生息地はアフリカですから、インドネシアの伝統芸能の一つであるワヤン・クリッのモデルがイボイノシシとは考えられません. 残されたモデル候補は
 "Wayang Kulit" at the Kraton Yogyakarta 
 
ジョクジャカルタ王宮のワヤン・クリッ
sekar taji
peceh
 ジョクジャカルタの王宮の北に位置する
ソノブドヨ博物館(Museum Negeri Prop. DIY Sonobudoyo)には、バリ・ヒンドゥーの伝統芸術作品も展示されていました. 
 この聖獣バロンBarongには左右1対の枝角が生えています. 驚いたことに、こめかみの辺りには、スカル・タジ(sekar taji)と呼ばれる金色の角のようなものが生えています. さらに、目と鼻の間からも、ペチェ(peceh)と呼ばれる同じような角が飛び出ています! このバロンはイノシシではありませんが、その位置といい、形といい...... バビルサの上顎の牙を想わせる突起です! この展示されているバロンについての詳細は不明とのこと. 写真は、ソノブドヨ博物館の解説員の方に特別の許可をいただいて撮影したものです
 "Barong" with Branching Antlers 枝角が生えているバロン
インドネシアの伝統芸能には、巨大な牙や角をもつ動物モデルが登場します.
 Traditional Arts 伝統芸能とバビルサ
バビルサ豆百科
ENCYCLOPEDIA BABIRUSA
 聖獣バロンの「スカル・タジ」と「ペチェ」の正体を解明するために、バリ島のシンガパドゥ(Singapadu)在住のI Wayan Tangguh(イ・ワヤン・タング)氏を訪ねました. バロン製作の大家である氏は、マスクの創作中にもかかわらず、懇切丁寧に解説してくださいました. 
 氏の説によると、こめかみから突き出る「スカル・タジ」の正体は、角や牙ではなく、下顎枝の筋突起を誇張して外に飛び出させたものとのこと. 筆者らは、説得力のある氏の説を支持しています.
 氏は、バビルサの頭骨標本を所蔵し、バビルサの牙の特徴を充分に理解されておられた. バビルサの上顎の牙の生え方に似ているバロンの目と鼻の間から突き出る「ペチェ」は、現地語で「目やに」の意味とのこと. 氏は、「ペチェ」のモデルは牙ではないと考えておられる......
 バロン製作の大家に否定されたものの、筆者らは次のように想像しています. 
 目頭に近いところにあるので、現在「ペチェ(目やに)」と呼ばれているだけで、遠い過去にバロンマスクの職人はバビルサの上顎の牙を意識して作成していたのではないかと. 今後も「ペチェ」の正体について調査を続けるつもりです.  
 写真は、I Wayan Tangguh氏のバロン最新作(2001年末)です. このバロンにも立派なペチェが見られます.
 "Sekar Taji" and "Peceh" バロンの「スカル・タジ」と「ペチェ」
貫いていることまで想像できず、上顎の牙の歯茎が常に露出しているように作成してしまい、その形状が現在まで継承されている. しかし、(3)バビルサ以外のイノシシ科動物(たとえば、スンダイボイノシシ Sus verrucosus )の上顎の牙の成長方向を上向きに変えて、牙を誇張して作成し、その形状が現在まで継承されている可能性も否定できません..
 ジョクジャカルタを散策し、歴史のあるワヤン・クリッ工房をいくつか訪ねてみました. 
 「王宮には、イノシシのワヤン・クリッが飾られていましたけど、ここにもありますか」と職人さんに尋ねると、女主人が工房の奥の使い古されて山積みにされたワヤン・クリッのなかからイノシシの作品を3点探し出してくれました. 
 そのうちの1点. ワヤン・クリッの巨匠、Warsito氏の作品. 推定60-70年前の作品とのこと. 残念なことに、臼歯と口唇の一部が欠失していますが、(筆者にとって)大切な牙はしっかり保存されています. このワヤン・クリッも上顎の牙が上を向いています! しかし、これもまた上顎の牙は皮膚を貫くことなく、口腔から顔を出しており、バビルサの特徴がみられません.
 ジョクジャカルタで出会ったこれらのイノシシ型ワヤン・クリッのモデルは謎のままです. しかし、筆者らは大胆にも次のように推測しています. 
 (1)遠い過去にバビルサの牙の特徴を伝え聞いたワヤン・クリッの職人がその姿を想像して作成したものの、口唇と牙の位置関係を誤ってしまい、その作品の形状が現在まで継承されている. 
 あるいは、(2)遠い過去にワヤン・クリッの職人が、スラウェシ島から持ち込まれたバビルサの頭骨標本を観察していたにもかかわらず、標本の観察だけでは牙が皮膚を
 "Wayang Kulit" of Warsito Warsito氏作のワヤン・クリッ


  <フィールド1>last modified: 01 April 2003