Japanese Novel, "Midori-No-Mujinto", Minami Yoichiro 1937.
『緑の無人島』, 南 洋一郎、 1937年.
少年小説大系 第6巻.
緑の無人島
南 洋一郎 著
三一書房
少年月刊誌『少年倶楽部』の昭和12年(1937年)1月号から12月号まで連載された小説『緑の無人島』は、1988年に小説集『少年小説大系、第6巻』として再版されました.
日本人のある一家がオーストラリア西海岸からシンガポールに向けての航海中に難船して、スラウェシ島の南に位置する無人島に漂着. その孤島で、次々に困難や珍事件が一家に襲いかかるが、親子の深い絆で力を合わせて乗り越える小説. この小説は、著者、南
洋一郎氏の近所に住む一家の体験談とその時の日記に基づいて綴られたものと紹介されている.
小説の舞台
まえがきに一家が漂着した無人島の位置について、次のように記されています.
南洋の地図を開いて見たまえ。猛獣のすむボルネオ島の東に、セレベス島がある。その南の小スンダ諸島との間には、小さな島々が胡麻をまきちらしたように点々と見えているであろう。そのなかのサバラナ島の東方にある一孤島に流れついたのが......
バビルサとの遭遇
僕は父と一しょに、例の通り食糧集めに密林の方へ行きました。と、生い茂った籐の中で野獣の悲鳴が聞こえるのです。注意深く近よってすかして見ると、一頭の妙な動物が頭を籐蔓につき込んで苦しんでいます。見れば、その動物は四本の大きな牙を持っていますが、その二本は目の上までのびてクルリと曲がっています。その牙がもつれ合った籐にかかってどうしてもとれないのです。(中略)この獣は猪鹿(バビルサ)というのだそうです。大変におとなしく、すぐに僕達になれました。
このバビルサは...
母は雌(バビルサ)が眼の見えない雄の方へ食物を押しやったり、子供の背中を嘗めて毛並みをそろえてやるのを見ると、ホロホロと泣き出しました。
「子供の背中を嘗めて毛並みをそろえてやる......」 嘗めてそろえてやる程の体毛を持つということは、このバビルサは...... 恐らく、ヘアリーバビルサでしょう
. ヘアリーバビルサの現在の生息地は、
スラ諸島とブル島ですが、このヘアリーバビルサの起源はスラウェシ島中部から東南部で、現在の生息地に
導入された亜種と考えられています. 舞台がスラウェシ島(セレベス島)の南方の孤島であり、地理的にも
ヘアリーバビルサ(あるいは、極めて近縁の亜種)が生息していた可能性があります!
バビルサ、大活躍!
一家に飼われることになったバビルサ親子は、奇妙な外見によらず、一家の無人島生活に不可欠の優秀な家畜として紹介されています.
僕達はその(バビルサの)乳をのんだのです。はじめは父も懸念していましたが、小猿のドクターが喜んでのんで、ニ、三日後も何の障りもないので、安心したのです。でも、下痢でもしないように、極く少しずつ沸かしたのをのむことを許しましたが、実にうまい。とろりと濃くてクリームのようです。
乳牛代わりの雌バビルサ. とろりと濃くてクリームのようなバビルサのミルク! 筆者も、一口ご馳走になりたいものです!
僕と父とは毎日午前中は食糧集めにいそがしいのですが、幸いバビルサは羊歯や野葡萄の葉をあてがって置けば、おいしい乳をふんだんに出してくれるので、どれ程ありがたいか知れません。その上、この獣は非常に耳ざとくて、夜など怪しい物音がすると、すぐに騒ぎ出すので用心によいのです。
バビルサの嗅覚と聴覚が鋭いのは事実. 番犬代わりにもなるようです.
「そうだ、玲子ちゃん、バビルサに乗っといでよ」といったので、皆、思わず笑い出しました。が、考えてみるとすばらしい思付です。母も疲れた時に乗ることが出来る。それに乳が飲めるので、飲料水の心配も少なくなります。
バビルサのミルクは、熱帯の密林で喉を潤す水代わり. おまけに、その水筒が子供を背負ってくれるとなれば、馬やロバのように有難い家畜です.
...僕達は母と玲子をバビルサに乗せて、ようやく河を渡りました。
この小説のまえがきによると、母の名は春子、年齢36歳. 娘の玲子は年齢8歳.
雌バビルサの体長や体重は、雄バビルサのおよそ7〜8割ですから、母が雄バビルサに乗り、娘が小柄の雌バビルサに乗ったのでしょうか. 母、春子さんを乗せた雄バビルサは、さぞ筋骨逞しかったでしょう......
バビルサとの別れ
思いがけない日本船の助けで、帰国できることになった一家. 緑の無人島、そして、困難をともに乗り越えた他島の酋長ともお別れです.
巣小屋へ戻るといよいよこの思出多い島と別れることになりました。忠実だったバビルサは酋長が大切に飼ってくれることとなり、(小猿の)ドクターは玲子の友達として連れて行く。
バビルサとの別れは、辛かったことでしょう。私、伊東のこころを打つ結末です(2009年9月4日、更新)。
この家族が小猿のドクターとともにバビルサ親子も日本に連れ帰っていれば、今頃そのバビルサの子孫を日本国内のどこかの動物園で拝めたかもしれませんね......
閲覧者の皆様が、動物園でバビルサを観察できるといいですね(2009年9月5日、更新)。